イシグロ

社長のミスでひたすらデータ入力をやっている私。

レシートを見ながら1つ1つ入力するのだけど、
字は小さいし、データは膨大だし、1日分のデータを
入力するのに15分から20分くらいかかる。

左手でレシートを少しずつ送りながら、
右手でどんどん数字を打ち込むので、
なるべく話しかけてもらいたくない。

かといって、事務所でずーっと沈黙しているのも
雰囲気が悪いので、おばさんに話しかけられた時は
なるべくあいづちくらいはうつようにしている。
（私って優しいなぁ…）

どうせおばさんの話なんて、息子か孫の自慢か、嫁の悪口か、
今夜の献立か、家庭菜園の話なので、身を入れて聞かなくても
全然大丈夫なのだ。

しかし、この私の身を入れて聞かない姿勢が
おばさんにはやっぱり気に入らなかったらしい。

「いいわよ。アンタ忙しいならみいちゃんに電話するわ。」

みいちゃんとはおばさんの妹のことだ。
おばさんはおしゃべりの相手が必要で、会社からわざわざ
妹の家に電話をかけたのだ。

電話の内容はおばさんの家のトイレが壊れた話だった。

「でさ〜、部品が折れちゃってるんだけど、イシグロで
売ってるかなぁ〜、え？イシグロよ、イシグロ。
知らないの？アンタも物知らずだねぇ〜。
あんな有名なお店も知らないなんてさっ！」

「イシグロ」って何だろうと気になった。
あまり気になって、データを打ち込むスピードも
ついつい遅くなる。

「イシグロだってば！」

妹さんもまだわからないらしい。
イシグロ…何だろう…TOTOの専門店かなんかだろうか。

「あっ、違うわ。ヨドバシだ。ヨドバシ！！」

…イシグロとヨドバシ…まったく似てないよ。
かろうじて四文字という共通点があるだけだ。